沖縄の生んだ脚本家「金城哲夫」氏の作品とその履歴を研究する会です~杉本一夫(2012年から)


by watanabe-toyonobu

『ウルトラセブン』雑考

 『金城哲夫研究』は、編集作業が先で、自分としては3号までで一区切りのつもりではある。
4号の原稿、未着分の関係で今一つ書きたい事があるので記したい。
3号で、金城哲夫の『ウルトラマン』『ウルトラセブン』は、前篇・後編作品を除き、基本的
に第一回と最終回さえしっかりしていれば、途中のお話を差し替えても大丈夫であるように、
ウロボロスのようである、と述べた。池田氏も講演会でそのように話しておられる。
『ナショナルキッド』も面白いし好きであったが、詰めは足らない。
金城哲夫の脳裏には、もう最終回を見越してアンソロジー的ではあるが、細かくストーリー
構築されていた。その間にバラエティがあっても「押え」さえしっかりしていれば良いので
あろう。
それを裏付ける逸話として、のちに沖縄で劇団「潮」の座付き作家になるが、俳優さんの
個性が分ってくると、それに応じた配役をしていったという。脚本だけでなく、演出も
兼ねた金城だから出来た事であろう。そして飲み会の席でも多くの方と知己となり、交流
も深めて行くので、その人その人の性格とかを知っていったのであろう。『ウルトラQ』
『ウルトラマン』よりも先に彼が製作した『沖縄物語』やその前の『吉屋チルー物語』で、
製作も務めた金城は、キャスティングこそ『ウルトラ』ではしなかったものの、現場には
ひっちー赴き、役者さんやスタッフと交流を深めている。金城の『ウルトラ』は、実質の
プロデューサーであり(市川、末安といった支配人や守田Pも製作費管理のPで、実際の企画
やプロデュースは金城である)、MJでも脚本作り(シナリオエディターは今のPである)を
担当していた。勿論、監修の円谷英二や各支配人のように金銭管理も重要な役目ではある。
が、視聴者を魅了するのは、脚本プロデューサーの力量と思う。
 それで、本題に入る。役者さんの個性を現場で知っている金城は、『ウルトラ』では、
ウルトラマンを演じた古谷敏氏に対して、成田氏以上に「配役」の面で注目していたと感じる。
昨今のイベントで語られる、金城による『ウルトラセブン』最終回は、満田穧監督の思惑とは
別に壮大な構想・設定では宇宙からの侵略者との戦いであっても、その実、宇宙人と地球人
との交流を描きたかったと思う。ある意味恋愛、そして男の友情である。
金城は、かなり初期に、その二つを提議した。『ウルトラ警備隊西へ』と『魔の山へ飛べ』
である。前者は宇宙人と地球人との話し合い、セブンはその仲介、そしてその話より先の
『魔の山へ飛べ』は、すでに言われつくしているかも知れないが、アマギ隊員が一度
生命カメラに吸い取られたダンの命を救っている。
「あなたは僕の命の恩人ですよ!」とダンはアマギに語る。
それが、最終回のアンヌ、自分の命、それよりも恩人であるアマギの救出を優先するという
立場をとった(友人の命を助ける為に自分の命を犠牲にした薩摩次郎をモデルに化身した
からか?とも思ったりした、この脚本は上原が円谷一の指導で書いた、と記憶。
コメント欄にも御指摘あったように記憶している)、
地球に対してよりも、友人というか恩人に対して自らを犠牲にした。配役にアマギ隊員を
あてるなど、その頃はMJを担当していたにも関わらず、しっかりと『ウルトラマン』の経緯
もあり最初から古谷氏の配役は計算というか目論んでいたとしか筆者には思えない。
そしてしっかりとエンディングへと結びつく。役者の個性を沖縄時代にも知って脚本を書く、
といった芝居好きの青年の成せる技と思う。後年のシリーズには作家やPに対してでなく、
スポンサーの絡みや色々あったであろうが、同化出来ない自分がいる。それを感じるのは筆者
だけではないであろう。同じシリーズなのにコロコロ変わる設定。確実に再放送でも順番を
替えて放送出来ないような内容。金城作品にはそれはなく本当に「読み切り」出来た。
ここが、金城作品に魅かれる所以である。
 男の友情は描いたが、金城は女の視点で描く事が苦手と、これも再三語られている事だが、
その部分を先輩作家の佐々木守は「遊星より愛をこめて」で、金城の企画・意図通りに
宇宙人と地球人の恋愛を描き、それも最終回につながっていくエピソードになる筈であった。
ここを怪物のスタイルだけで欠番扱いは如何なものか?と筆者は感じる。
 25話「零下140度の対決」で、セブンの弱点を描くエピソードを書いて、MJに全力を
傾ける。でも、そこまでで、大体の下地はつくったのである。アマギ隊員主役のエピソード
は「700キロ…」「悪魔の住む花」だが、名プランナーではあるが、弱腰の性格は「マン」
で現場にいた金城だからこそ作れたのであり、それは「空間X脱出」で描いている。
いざという時は活躍する。そして、やはり「セブン」は金城の分身のような気がする。
(文中、一部敬称略)

>補足:金城は映像では「かりゆしの島沖縄」が最後だが、映像・演劇全般では最初が
映画『吉屋チルー物語』、沖縄芝居では『王女(うみないび)の恋』で、前者は男の視点で
女性を、後者は女性の視点で勝連と中城の争いに翻弄された男を描こうとした。
奇しくもどちらも主役は清村悦子である。可愛い女性にやや悪女的な女性を演じさせた。
後者は演出は金城ではないが、シナリオ読む限り素晴らしい、筆者は金城哲夫にずっと特撮物
を、と、『A』の頃は思ったが、別の方向の作品にいっていたと思う。やはり沖縄歴史の小説
を書いていたかも知れない。SF好きであるから、ヒーローの出ないSFはアルバイトで書いた
かも知れないが今となっては分らない。
>金城と上原の戦争体験の違いは作品にもあらわれている。この考察は大城先生にお任せ
するとして、金城は円谷プロ内では戦争体験をいっさい口にしなかったらしい。
いつも思う。上原は円谷一に『帰ってきたウルトラマン』のメインライターの依頼を引き受けた
時、郷=ウルトラマンを金城と見立てたのではないか?上野は対立場面(③話)もあるが、
上原の心情の投影で、次第に友人になっていく。
⑤、⑥のツインテール、グドンの回、MJの時や怪奇で悩んだ金城を郷とみたてるとしたら、
上野隊員の台詞が生きる。
「お前はいいよな、帰るところがあって…」
沖縄に帰った金城に投げかけた上原の気持ち、と昔、ざんぶろんぞ氏に話したりした事がある。
(ここまでも文中、敬称略)

以上は何の根拠もない推論でありまして、文中に登場する方々には他意はありません。
「根拠」ないので、紀要には掲載しません。裏とりできませんから。
5月中旬から「告知」関係であちこち「検索」かけましたが
、やはりネット(Web)は信用してません。(個人個人の思いが強いからですが、
筆者はデーターは常に正しくはしていきたいです。いつも言う史実は大事です)
ですから、ここは印刷物でなくWebですので、筆者・渡邊の無責任発言として踏襲は
しないで下さい。(渡邊豊信、2011.5.30記載)
f0226161_19413586.jpg

©金城哲夫資料館(協力、金城和夫様、小西昌幸様)

>ウロボロスは御存知の方が多いですが、尻尾をかむ蛇、ユングの心理学
で屡でてきますが、筆者は「円環をなしている」という表現で代用しております。
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2011-06-15 19:43 | 金城哲夫