沖縄の生んだ脚本家「金城哲夫」氏の作品とその履歴を研究する会です~杉本一夫(2012年から)


by watanabe-toyonobu

タグ:金城哲夫資料館 ( 3 ) タグの人気記事

連載2>「てふてふはべる」氏から

4 河原(昼)
  飛んでいるヒコーキ。
  そば屋(源さん・十八才)が、出前のザルそばを一ぱい持って、自転車にまたがったまま見物している。子供が茶太郎の側に走り寄る。

子供「小父さん!低空飛行もやってよ!」
茶太郎「低空だな。よしよし」

  と、操作する。
  ワーツ!
  頭上スレスレに飛ぶヒコーキを追う子供たち。
  源さん、面白そうに見ている。
  と、ヒコーキがこちらに向ってくる。
  慌てる源さん。
  ヒコーキ、ザルそばの山にモロに衝突する。
  飛び散るそば、そば、そば……
  子供たち、心配そうに走り寄る。

子供「大丈夫?」

  と、腰を打ってうなっている源さんを、みんなで抱き起こそうとする。

源さん「あいてて……痛いッ……いてて……」

  茶太郎、走って来る。
  と、源さんの方を見向きもせず、墜落したヒコーキの方へ走る。

茶太郎「ごめんよ、怪我はなかったかい?」

  と、拾って機体を調べる。
  源さん、カチンと来る。
  よろよろっと立ち上がりながら、落ちているそばをわしづかみにして、

源さん「(怒鳴る)この野郎!!」

  マフラーでヒコーキをふいている茶太郎の方にそばを投げる。
  ヒコーキにベッタリそばがつく!

>本日はここまで(杉本一夫)


>おまけ、、、

宇宙人を捕獲したと何十年も信じられてきた

[拡大写真]


宇宙人が地球に来ている証拠とされるものは数々あるが、中でも有名なのが、トレンチコート姿の諜報部員と思われる2人の男性に、サルのような宇宙人が手を引かれている写真だ。捕獲後に解体され、標本はどこかに眠っているなどと噂されたが、実は「合成写真」だった、というニュースが流れた。

これを報じたのは超常現象写真や出来事のウソを暴くドイツの「forgetomori」というサイト。エイプリルフール用に作ったものだ、と内実をばらしている。
エイプリルフール用の特集記事に掲載された
「火星から人!」というタイトルで特集が組まれたのは独の週刊誌「Neue Illustrierte」の1950年3月29日号。この号には、大型で光を放つ円盤型の宇宙船や、火星と思われる場所を走っている生き物、そして、ここ何十年も宇宙人が地球に来ている証拠として取り上げられてきた「宇宙人捕獲」の場面が掲載されていた。

「forgetomori」が2012年4月22日に掲載した記事によれば、捕獲された身長70センチほどのサルに似ている宇宙人は、墜落した宇宙船に搭乗していたとして長く信じられてきたが、実は、この特集はエイプリルフール用に作られたもので、宇宙人捕獲の写真も、様々な写真を合成して掲載したことがわかった。写真が掲載された次の50年4月5日号で、こうした一連の「種明かし」が行われていたからだ、と同サイトは伝えている。
「サルの形やグレータイプも宇宙人ではありません」、、、エクサイトニュースより転載、、、
今、てふてふはべる氏のよると、合成写真が物議をかもしだしているらしい、、、(杉本)
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2012-04-25 22:55 | 金城哲夫

宣伝特集

「ウルトラマンアート展」の今後の予定。
2011年7月16日(土)~8月21日(日)
福井市美術館
2011年11月3日(木)~2012年1月15日(日)
茨城県近代美術館(予定)


<広告>

松風苑   沖縄県南風原にある、花鳥風月を楽しむ日本料理。
      約1000坪の敷地内に広がる日本庭園。
      二人以上の予約制。鋤焼きに懐石。美味しい味では敵いません。
      詳細は、外部リンクで
      http://www.syofuen.jp/index.html 

こうようクリニック  
      愛知県名古屋市東区代官町のクリニック。老人保健施設も併設。
      心療内科も新設(新患は月、金に予約で。午前は1、3週に予約)。
 
      理事長・院長:市川佳明
      雑用・渡辺(2,4週目の金と1週目の土)
      http://www.nagoya.aichi.med.or.jp/higashiku/9363578/

BOOKSじのん「金城哲夫研究」地方でも発送。メール便などでお値段一律。
     「金城哲夫研究」1~4号扱っております。正式紹介。
      近日、5号も発売予定
      http://www.jinon.ginowan.okinawa.jp

f0226161_21185975.jpg


>渡邊氏より入電、「金城哲夫研究・5号」は版下作業もすすみ、
「校正」が明日をもって完了、だれからも修正はいってないので、
一部の手直しで、そのまま「校了」迄行けるらしい、、、
予定の7月5日には完成らしい、、、
ある別件の本を書きたがっているらしいが、もう少し「待機勧告」
してます、、、明日から沖縄らしいです、、、(杉本)



>スミマセン。謹慎状態ですが侵入します。明日からでなく、
明後日からです。明日は仕事です。(渡邊豊信)
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2011-06-15 19:42 | 告知

改定版・金城哲夫略歴

金城哲夫  略歴を、「金城哲夫研究」の報告文を参考に改定致します。

 金城哲夫氏(以下、金城)は、父親が東京の獣医学校に通っていた関係で、両親が東京に在住中の1938年7月5日に出生する。(その為、東京生まれである)
直ぐに沖縄へ。(生まれ育ちは沖縄、である)…(一部修正:2010.10.4)
第二次世界大戦も幼少期に体験。
中学までは実家にある沖縄で過ごす。
中学卒業と同時に東京の玉川学園高等部に入学。玉川大学で、恩師・上原輝男の仲介で円谷英二特技監督に師事する。
円谷監督の紹介で、関沢新一氏に脚本の書き方を習得する。
卒業後も円谷特技研究所の一員としてシナリオを勉強。井出雅人や生田直親にも師事。
「かぐや姫」のシナリオを習作として執筆したりする。
1961年から1963年にかけて、沖縄で「吉屋チルー物語」を製作・脚本・監督する。
続いて、1963年4月に発足した円谷特技プロの初代企画室長となる。
そして、同年5月から沖縄で「沖縄物語」を灘千造と共同で制作。
その前に1962年に「絆」でTV脚本家としてデビュー。
1964年は、「月曜日の男」、「こんなに愛して(生田直親氏との共同)」、「いまに見ておれ」の共同脚本担当。
1964年から「WoO」と「アンバランス」の企画、シノプシス作成などをSF作家クラブの協力ですすめる。
前者は頓挫するが、後者は同年の秋から撮影がはじまった。
これが1966年放送開始となった「ウルトラQ」である。そして「ウルトラマン」「ウルトラセブン」と傑作をものにしたが、事情で帰沖。
 沖縄では家業を手伝いながら、テレビ、ラジオの仕事、沖縄芝居の脚本・演出を手掛ける。
1975~1976年の沖縄海洋博覧会では式典の演出や広報、沖縄館で上映された「かりゆしの島」
の脚本・構成と吉田憲二監督との共同での演出を担当する。1976年2月26日、惜しくも事故にて他界する。
(担当・渡邊豊信、改定記事:杉本一夫、一部敬称略)

>丁度1年になろうとしているので、再度略歴を書いておきます、、、(杉本)

画像©金城哲夫資料館、協力:北島町創世ホール(小西様)
f0226161_12174340.jpg

トリミング致しました(渡邊:5月14日、明日は復帰記念日です)
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2011-05-01 20:09 | 金城哲夫