沖縄の生んだ脚本家「金城哲夫」氏の作品とその履歴を研究する会です~杉本一夫(2012年から)


by watanabe-toyonobu

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「金城哲夫研究4号」掲載予定で「没」と渡邊氏自らした文を転載いたします(杉本)。 


 筆者が、『泣いてままるか』⑫「翼あれば」にこだわるのは、同作品が昭和42年2月26日放映作品であるにも関わらず、1992年山田輝子氏『ウルトラマン昇天』(文庫版「ウルトラマンを創った男」も同様)での同作品に関しての記述が金城の「ウルトラ」以前の作品として誤記された事が契機である。実体験としてそれを観た者からすると、「史実は訂正」したい。それが2005年DVD『金城哲夫西へ』でも間違いが踏襲されていたので、「翼あれば」のシナリオを、松風苑の支配人の了解の元、朝日新聞に申請して当時のテレビ欄のコピーを掲載、円谷ドリームファクトリー(監督の関係で)に打診、後日送付させて頂いた。2006年7月5日である。それが金城哲夫ファン倶楽部の発足した日である。
奇しくも同月下旬発売の白石雅彦氏・著『円谷一』でも、彼独自の調査にて修正された正しい日が掲載された。
これだけでなく、1992年の山田氏著作の本には数多の訂正しなければいけない箇所がある。
 蛇足だが校正ミスかも知れないが、白石氏「円谷一」では、「こんなに愛して」も1963年とあるが、各地の新聞調査にて1964年である事は創刊号で解説した。これは「校正ミス」かも知れない。
「金城哲夫研究」制作して、あとで筆者らもミスに気付く事もあるからである。
当時の記事は当ブログの過去記事でも「証拠」と共に触れている。

間違いを踏襲する事は危険であり、当会がある方のブログに指摘させて頂いた件も、その時点での「間違い」を「信念」としていた。オートバイ関係のブログだったと思う。

後日談であるが、アディン書房版『金城哲夫シナリオ選集』では、本編では正確な放映日が掲載されているが、資料篇で誤記があった。多分、山田氏は本を上梓するにあたって一番大切な新聞調査、シナリオ表紙の日付とかをされず、最後の誤記された「資料篇」だけをささっと「踏襲」されたのではないかと思う。

であるから、当会の冊子でも「間違い」があれば是非御指摘頂きたい。
そうする事に依って、「史実」が解明されていくのであるから…。

以上が「金城哲夫研究4号」掲載予定であった文の「草稿」である。
紀要の書き方であって、決して「誹謗・中傷」ではないのは、学術論文を
書かれた事がある方々には理解して頂けると思う。


―という、渡邊氏原稿を本人了解の元、「格納庫」から出しました、、、。
(杉本一夫)
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by watanabe-toyonobu | 2011-03-12 20:16 | 金城哲夫