沖縄の生んだ脚本家「金城哲夫」氏の作品とその履歴を研究する会です~杉本一夫(2012年から)


by watanabe-toyonobu

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 昨日は、各地にお騒がせ電話しましたが、大体解決しましたので、「整理」
致します。

ギガスとドラコ役は、全く私が40年以上、間違ってインプットしてました。
今回、当時再放送しか見直す機会なく、今の様に記録メディアの無い時代は、
自分の「記憶」だけが頼りで、あとは70年代にしたような図書館での「新聞」
に依る「裏とり」でしたが、新聞には細部は不明です。
それで、
①ギガス…南明氏、ドラコ…池田文夫氏と、ざんぶろんぞ氏や知人の映像所持者
に確認して頂き、判明しました。然し、「江戸の朝焼け」のゲストの間違いを
御指摘頂いた方のように、私は「間違った記憶」もここで「記録」として残す
事で、逆に「踏襲」されないようにしようと、⇒にて「訂正」させて頂きます。
自分の間違いは訂正致しますので。これが私のよく言う「史実」を「解明」
していくことです。その一方で、当時の「男」「夫」などの表記は、当時と
してはどうでもいいことであり、「つむらやえいいち」でも「つぶらやえいじ」
でもどちらでもいいよ、と、円谷英二監督自ら語られたお話にも表れている
ように、曖昧でもよく、こういう件での「重箱隅つつき」は無用と思います。
当時の新聞記事の「マンモス・フラワー」、アンバランスのシナリオでも
「マンモス・フラワー」。作品では「マンモスフラワー」の「・」云々は、
冊子・紀要では修正いたしましたが、この頃は分ればいい…という感じと
思います。
年度は別です。
尚、池田芙美夫 名義は、『セブン』「湖のひみつ」で間違いなかったです。

②福留氏と中村氏の担当回数・・・これは、どちらも4回ずつ、の裏とりが
出来ました。

③ザラブ星人の件。少なくとも二人、とコメントしたのは、映像見る限り、
最初の毒ガスが街に蔓延して、出現シーンで、身長の低い方が入っている
ところがあり、これを「少なくとも二人」と表現致しました。黒いマント
で、ガスのなかを歩き、それが外されたシーンです。ここは別人の演技と
思います。

「整理・修正」に関しては以上です。

一方、私が、紀要で自分の原稿を「没」にしますのは、ページ配分とか
他のライターを優先させたい事、あと一歩の「裏とり」が出来ない時
などです。5号の「海洋博」絡みの原稿がすすまないのは、最終調査が
思うようにいかない事です。「河島氏」の原稿は枚数配分とか、詳細調査
不可能と判断したため、こちらに掲載致しました。

紙媒体・印刷物にするには慎重にしませんと、いつもいう「誤った踏襲」
が続いてしまう可能性があるからです。完全「没」と判断した、
「自分の原稿」は、「放談」の意味も含めて杉本氏介して、
こちらに出してもらう事はあると思います。

 ここのブログメインライターは杉本氏ですが、またまた出しゃばって
しまいましたので、申し訳ありません。

(「金城哲夫研究」5号迄の編集幹事として、渡邊豊信)
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by watanabe-toyonobu | 2011-03-09 08:48 | 映像
丁度、「翼あれば」の話題を「金城哲夫西へ」において放映日が
間違っている件を含めて、「格納庫」から出そうと思っておりましたが、
上記雑誌の本日の発売号に「松風苑」と「金城哲夫資料館」の宣伝が載っております。
「93号」ですので、宣伝しておきます・・・。

が…怪獣のヌイグルミ役、ピグモン再生の小宅氏抜けたのは仕方ないとして、
「怪彗星ツイフォン」のギガス役とドラコ役は逆ではなかったでしょうか?

>ざんぶろんぞ氏に調べて頂き、私の記憶違いと判明しました。
本の通りでありました。

因みにギガスは池田文男氏⇒南明氏で正しかったです⇒で、ニセウルトラマン役。
池田文夫氏ではなかったはずです⇒映像が無いので記憶違いでした。ドラコは
「夫」だそうです。
「セブン」の3話頃の池田芙美夫(?・漢字違ってたらスミマセン)氏と
同一人物と思っておりますが・・・。⇒その通りでした。(渡邊)
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by watanabe-toyonobu | 2011-03-08 19:14 | 金城哲夫

「はべる伝説」から引用

ウルトラマンの再放送の放映順調査の一環として、
「はべる伝説」の記事をW氏許可にて引用します、、、。

以下引用ー(一部、深夜に渡邊加筆・修正)
間違いの多い「Wi○i○○pekia」で、また間違いを見つけた。かってI監督や、S氏、U氏のプロフィール作成で、ここを引用して、間違いを御本人方に御指摘受け、御自身でかなり修正していただいき、作成しなおした事がある。

ネット辞書にて円谷一氏の項目で、円谷プロの「初代会長」は、円谷皐氏と書いてあったが、70年代、東宝傘下時代は、東宝の藤本真澄氏が会長で、その下に円谷皐氏が、社長であった時期がある。確か御自身の著作でもそれは記載されていた。

ついでに、名古屋でのウルトラシリーズ再放送は、関東と『ウルトラQ』では同じであった。
『ウルトラQ』→『キャプテンウルトラ』→『ウルトラマン』と、ここまでは同じ。
名古屋は、『佐武と市捕物控』が入り、『ウルトラセブン』になっている。1969年12月25日には「遊星より愛をこめて」が放送されており、名古屋人は、2回視聴出来た。関東では、『―マン』『ーセブン(1970.3.5終了)』『ローンレンジャー』と続く。

>という記事を転載、みなさんもネット辞書は鵜呑みにせずに調査してください、、、。

(杉本一夫)
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by watanabe-toyonobu | 2011-03-07 22:33 | 映像
 「沖縄物語」調査の副産物です。「護国神社」の行き帰り、図書館で調査しました。
1970年の10月~12月に「怪獣」ブーム一段落している頃、CBCでは
5時15分からウルトラマン毎日放送。CBCでは4回目の放送にあたるはずです。
このあと、フジテレビ系での放送になります。

同じころ、木曜日6時CBCでウルトラ少年ジョー90、
裏で東海にてウルトラワンチャン(外国アニメ)を放送。
「ウルトラ」は、某プロだけしか使用出来ないという事はないという事です。
当たり前の話ですが。
(他にも有名な「キャプテンウルトラ」やソフビ「ウルトラA」もあり)

金城哲夫さんのお名前は「帰ってきた・・・」直前迄(勿論、その後も)、
名古屋だけではなく、
全国での再放送で流れていた事になります。(渡邊)
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by watanabe-toyonobu | 2011-03-02 00:27 | 資料