沖縄の生んだ脚本家「金城哲夫」氏の作品とその履歴を研究する会です~杉本一夫(2012年から)


by watanabe-toyonobu

<   2010年 08月 ( 17 )   > この月の画像一覧

 本年も、恒例となりました、沖縄県立芸術大学での
「金城哲夫フォーラム」等の開催が、ほぼ決定となりました。
ワークショップは、金城哲夫さんの母校での開催を企画。子供たちへの参加を呼びかけます。

また、例年のように、「金城哲夫とウルトラアート」の参加作品の一般公募も致します。

宜しくお願い申し上げます。

現在応募要項は確認中ですのでお待ちください。

応募用のアドレスは此方です、此方は作品応募専用のアドレスになりますので私信はご遠慮ください。
ultra-art-okinawa@hotmail.co.jp


「金城哲夫プロジェクト」「金城哲夫ファン倶楽部」「金城哲夫研究会」代表;佐藤文彦

f0226161_20242252.jpg
f0226161_2024389.jpg

アカエリトリバネアゲハ(マレーシア・イポー)


(受審;でぃぷろどくす、広太郎)
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2010-08-05 20:07

3号・編集開始

 本日、渡邊氏は、池袋を徘徊。古谷氏からの画像許可を頂いて、転送・貼付する。
尚、暫く編集作業に入る為、
情報は管理人・とりろばいど氏 か、ディプロドクス氏、杉本一夫で担当いたします。

何かあったら、渡邊氏が報告するとの事。
(杉本一夫)

f0226161_19354974.jpg
f0226161_19361014.jpg

[PR]
by watanabe-toyonobu | 2010-08-04 19:36

史実の証明

 理不尽なこと、間違ったことが嫌いな私は、先程、K.S特撮監督に確認。
「西遊記Ⅱ」は、自分を気に入ってくれた局PDから、直に創英舎にお話しがあったとの事。
ですから、全く特撮現場に円谷プロさんはタッチしてない事実の再確認をとれました。
M.N氏にも確認。更に今しがた、T.M氏からお電話頂き、実際は2話から視覚効果を担当。
東宝映像は、現場処理でなく、後の光学処理をされていた、という事も確認とれました。

史実は大事です。
小池一三氏は、「こいけかずみ」氏とお読みするそうです。
KS様・MN様・TM様、有り難うございます。

(渡邊・でぃぷろどくす)
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2010-08-01 18:59

少し一息

f0226161_15431218.jpg
 リストを打ち込むのは、時間かかりますので。画像という逃げで、「西遊記」出演者。

f0226161_15385795.jpg

口腔は、本来こうこうである。

f0226161_15391037.jpg
f0226161_15392693.jpg
f0226161_153943100.jpg
f0226161_15401195.jpg

「~タロウ」出演者、「江戸の旋風」のリスト、テレビ「日本沈没」切り抜きなど。


f0226161_15403245.jpg
f0226161_15405237.jpg
f0226161_1541792.jpg

「江戸の朝焼け」資料

f0226161_15434810.jpg
f0226161_15441220.jpg

「西遊記」放映順・どなたかがアップされているでしょうから、そちらを参考に。
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2010-08-01 15:46
 私も人間ですから、間違いはします。が、歴史的事実(史実)を曲解してしまうのは良くない。
そういう思いで、山田輝子氏から始まった「翼あれば」の放映日の間違いを指摘する目的で、
新聞資料も併せながら、冊子を発行したのが、私の「金城哲夫ファン倶楽部」のはじまりである。

今、また、某BBSで、親切に指摘したことを、淡々と否定された。
事実関係は、私は裏とりを極力努力する。下記が事実である。

① 「西遊記」は、香取プロデューサー(国際放映での契約)、森川氏等と共に、国際放映に移籍している、熊谷建氏もPDを担当。円谷プロが特撮の発注を受け、小池制作担当者が仕切って、デンフィルムエフェクトの高野宏一氏に特撮監督を依頼。スタッフも関屋キャメラマンほか、のちに「~80」で活躍するメンバーを契約で組んだ。
中野稔氏が、前半の光学撮影・視覚効果を担当。クレジットの表記で、「円谷プロ、デンフィルムエフェクト」とあるのは、その関係。高野監督(助監督は吉村氏)から、創英舎の鈴木清氏、東宝映像の中野昭慶氏、「最後の恐竜」でフリーとなった佐川和夫氏(「スターウルフ」は、フリーとして特撮監督を担当。「~タンサーファイブ(サンライズ=特撮研究所)」東映の「バトルフィーバーJ]「デンジマン」など担当)
等を特撮監督として招聘し、円谷プロが現場を仕切って制作した。
因みに「帰ってきたウルトラマン」も高野監督は、デンフィルムからの出向である。あと、後半の助監督である神澤氏が特撮監督をした。東宝映像(仕切りではなく、処理)は、宮西氏が、視覚効果の立場で参加したから、デンフィルムに代わりクレジットされていた。これは「~80」迄続く。
②「西遊記Ⅱ」は、国際放映の担当PDに有川氏が加わり、かなり早期から、鈴木清氏所属の創英舎に特撮を担当しようと判断。同氏の特撮を気に行ったらしい。そして、円谷プロも「タンサーファイブ」の特撮下請けを断ったように、契約は最初からしなかった。特撮は、東宝映像は仕切ってなく、視覚効果のみである。もうこの頃は「日本沈没」の頃のような制作能力は同社にはなかった。そして「~80」以降に東宝映像美術となっている。
③「恐怖劇場アンバランス」でも、光学処理は、東宝技術部で行われた。TBS以外は例のオプチカルプリンターは使用せず、だから「戦え!MJ」などでも、合成は荒くなっている。デンフィルムは、「光学効果」の演出で、合成は主に日本エフェクトセンターで行われたという。「恐怖劇場~」の場合は、N氏が日本エフェクトセンターでされた記憶なく、視覚効果の現場の演出を担当し、処理は東宝映像の前身(全てではありません)でもある
東宝技術課で処理された。当時、徳政氏、川北氏、宮西氏が、中野氏と並んでクレジット表記されているのはそのためであり、中野氏も、東宝技術部の方々も一緒に仕事をしたという記憶はないとの事でした。

但しN氏は、発言が変わる事が多い。然し、N氏とM氏のお話の一致する点が多々あり、また、ある尊敬する巨匠監督の御意見で、「専門用語では、確かに画面デビューとはいわないが、円谷プロ作品で、最初にクレジットされたデビュー作品という意味ならばいいでしょう」という事でした。


こういった史実の積み重ねが、やがて金城研究にも反映する。
また、Web嫌いであったが、犬山にお越し頂いた尊敬する俳優さんのお言葉で、整理して覚書を作成した。

そういえば、私が、「的を得る」と言ったら違う、「的を射る」だと指摘された方がいるが、「正鵠を射る、得る」どちらも漢語では正しい。それよりも、漢字の読みを間違う医者に呆れる。例えば有名なのは、口腔(こうこう)を、’こうくう’と読んだり、流涎(りゅうぜん)をりゅうえん、と読んだり、嚥下(えんか)を’えんげ’と言い続け、医学では慣用とか言ったりして、戦後、間違った読みの方が、一般にも定着したのは嘆かわしい。
「時代と共に言葉が変わるとは、訳が違うよ!万城目クン!!」と、一の谷博士であれば言いたい。



という、覚書であります。史実は正しく。引用も出来る限り載せましょう。また先達に聞きまくりましょう。
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2010-08-01 13:06
スタッフ(敬称略)
制作…東宝株式会社、フジテレビ  企画・中本逸郎
プロデューサー・広岡常男   脚本・保利吉紀
原作・杉本苑子「江戸芙蓉堂医館・講談社」
監督・児玉 進   音楽・渡邊岳夫

制作担当・円谷プロダクション  
ユニットマネージャー・伊東正純
制作担当者・朝生哲夫    撮影・内海正治   照明・金子勝治
録音・指田 漸   美術・斎藤嘉男   編集・大高 勲
整音・竹内和義   装飾・西村伸朗   助監督・天間敏広
殺陣・湯麻謙太郎   記録・竹田宏子  選曲・押見順司
現像・東京現像所   衣装・京都衣装  結髪・川口かつら
大道具・美建興業   スチール・奥川 彰
協力・内藤記念くすり博物館  俳優担当・・・空関(中が木)由美子

キャスト(敬称略)

半井千鶴・・・真野響子   杉田立郷…前田 吟
半井信二郎…伊藤孝雄   半井弥生・・・水原英子
半井元養・・・宇野重吉    五助・・・大滝秀治
音松・・・左とん平   鉄・・・火野正平  お喜多・・・黒田卿子
小染・・・児島美ゆき  お辰・・・菅井きん  堀越・・・香川良介
算角・・・大森義夫  原弥十郎・・・久富惟晴  金太・・・小野ヤスシ
金太の息子・・・矢口純  茂兵衛・・・田口精一 老婆・・・若原初子
かみさん・・・記平佳枝、東静子、川口節子  壺焼き・・・志村幸江
商人・・・門脇三郎、加藤茂雄、打出親吾  弥吉・・・岡本勘太郎
久六・・・丸山秀夫  菊次・・・西川明  六兵衛・・・長谷川弘
中年の女・・・塩屋洋子  与左衛門・・・石森武雄
源吉・・・守田比呂也  おそで・・・別府康子
定次・・・矢野間啓二  役人・・・高橋義治  お千代・・・長田英美子
小吉・・・茂木裕治  長八郎・・・角田英介  役者・・・清水忠一
見会いの男・・・東条きよし  子供・・・鹿島信哉
劇団・民藝





f0226161_9584990.jpg


ペルーで休憩です。
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2010-08-01 09:59

「満天の星」資料公開2

 放映期間:1976年2月9日~4月2日

ものがたり

 中学校の社会科教師・小林勝彦の妻、小林好恵の買ったと思っていた宝くじが、1000万当てた。だが、その宝くじは、実は勝彦の同僚・大庭から、飲み代の不足代わりに受け取ったものである。
 分け前を渡そうという勝彦に好恵は拒否した。現金と交換してきて、家中にお金を敷き詰めたところへ、大庭先生が訪ねてきた。好恵は思わず、その中から80万円を大庭に差し出し、宝くじの事を不問にさせるべく、大庭に接近・大庭も好恵に夢中になる。勝彦は人が変わった好恵に失望。家出する。が、大庭との仲を知り、大庭を理髪店を営む孝子と結婚させる。結婚祝いに100万贈る。孝子は大庭と好恵の過去を知り怒る。その頃、好恵が妊娠。好恵の子供は大庭の子か、勝彦の子か?
 勝彦は好恵に中絶させようとするが、好恵は拒否。そこへ大庭が現れ、好恵に求婚。但しお金目当てであった。それを知った好恵は逃げる。大庭から好恵がいなくなったことを知らされて、勝彦は一晩中彼女を捜しまわるのであった。  
参考資料―当時の中日新聞、TVガイド、小生の録音テープより。

かいせつ

 オイルショック下の1975~1976年。海洋博覧会もこのタイミングでは仕方ない。
そういう不況下の宝くじブーム。実直な中学教師夫婦が、一等の1000万を引き当てた。思わぬ大金を手にした夫婦の悲喜劇を描いたのが、この「満天の星」であった。
折しも、とっていた3月のTVガイドに2月26日の尊敬する人の訃報を知る。
ドラマは、勝彦がタンプの運転手と奇妙な関係を持ったり、ベッドシーンで、’いざ’という時に、人形がカタリと落ちるユーモアな演出がされた。死んだと思われた大庭が白塗りで出てきたり、面白かった。受験控えていたのに何たる事か!!
 主演は、資料1に記したが、好恵を生田悦子氏、勝彦を浜田光夫氏、大庭を早川保氏、妻が確か「江戸」シリーズで、いつも女郎屋のおかみを演じていた若松和子氏(記憶)、運転手を常田富士男氏(記憶)が熱演していた。
東海テレビ15分帯ドラマの最後の作品。次は日本現代企画の「三日月情話」が放映された。
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2010-08-01 09:53