沖縄の生んだ脚本家「金城哲夫」氏の作品とその履歴を研究する会です~杉本一夫(2012年から)


by watanabe-toyonobu

かなり記事減らしました、、、

 W氏が、来年の紀要研究雑誌の7号でもって
雑誌編集は一段落するとの事にて、
先週から格納記事も含め、チョウの話題は削除
いたしました、、、
7号の締切は今月の25日ですので
宜しくお願いいたします、、、
今、「ウルトラマンを創ってしまった男」を8号用に
書いてもらってますが、、、(杉本)


こちらから侵入致します。私が、金城さんの作品に魅かれたのは、勿論「ウルトラ・・・」からですが、
徐々にウルトラよりも金城さんの生き方に心酔したものです。
沖縄でのプログラムでは何度も書きましたが、「~A」以降、「脚本・金城哲夫」表記が無かったこと、
それで他の会社の番組をみたりしているうちに、1973年当時の某プロから沖縄に帰られた事を
知ったり、1976年2月にTVガイドをみて金城さんが事故で亡くなられた事を知って愕然となり、
「人のいのちの儚さ」を感じたからです。そしてウルトラの原点は誰が今後もどのように展開させても、
円谷英二監督、円谷一監督(演出のみならず、作詞も含め)、金城哲夫さんを切り離せないのです。
その金城哲夫さんを切り離そうとした沖縄で金城さんを知ってもらう為に、ここ数年、イベントとかしたり、
紀要を編集したりしてきましたが、一応私個人の役割は
終えたと(これも本当は二年前で、だったのですが)思いました。
大きなところがようやく動いてくれそうですし。
私は再び、観る側、そしてこっそりと蝶観察の合間に
昔のように独りで某所へ食事をしに行くという、2006年以前
の自分に戻ろうと思っております。
また、Web嫌いはどうしたって治りません。もう2,3記事だけ書こうとは思いますが。

従って、本年の秋の沖縄の大学祭告知が、最大の目標でしたので、
それ以外の「告知」もここではしないかも知れません。
当研究会とある会社とのジョイントが出来たわけですし
金城さんの功績を語り継ぐ事をお任せ出来ると判断しました。
そのおかげで、多くの方と知り合えたことは光栄ですが、
(昨年の「歴史秘話ヒストリア」や某プロ関係者=社員という狭義の意味でなく
と知り合えた事などは、良かった点とは認識しておりますし、それが電子社会の
力であることも認識はしております!)
自分の人生を原点に立ち返り、見つめなおそうと思っております。
でも、金城さんのイベントなどは、客側としてのスタンスでの参加はしていくつもりです。

ここのブログの管理人もおりますし、私は紀要の7号の編集にて一段落させて
頂きます。あとは紀要が発行された際の「告知」になるかも知れません。

私が「てふてふはべる」とか別名義でコメントをその気になった時に書くかも
知れませんが、自分にとっては、
Webはやはり疲れます・・・2011.12.08記載、推敲はしません。
(「ウルトラ=金城さんに心酔してしまった男・W)
[PR]
by watanabe-toyonobu | 2011-12-07 04:02 | 業務連絡